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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2166号 判決 2000年12月20日

住所<省略>

控訴人・被控訴人

X(以下「一審原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

大槻厚志

住所<省略>

被控訴人・控訴人

泉証券株式会社(以下「一審被告会社」という。)

右代表者代表取締役

住所<省略>

被控訴人・控訴人

Y1(以下「一審被告Y1」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

斎藤宏

彌冨悠子

主文

一  一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告らは、一審原告に対し、各自六八七万六七二八円及びこれに対する一審被告会社は平成一〇年一二月二九日から、一審被告Y1は同月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を一審原告の、その余を一審被告らの各負担とする。

四  この判決の主文第一項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  一審原告

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告らは、一審原告に対し、各自二〇七四万四八八三円及びこれに対する一審被告会社は平成一〇年一二月二九日から、一審被告Y1は同月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  一審被告ら

1  原判決中、一審被告らの敗訴部分を取消す。

2  右部分につき、一審原告の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

第二事案の概要等

一  本件は、一審原告が、一審被告会社の従業員である一審被告Y1の勧誘により、株式のオプション取引及び信用取引を行い損害を被ったところ、右取引は適合原則に違反し、しかも右各取引につき説明義務違反がある上、断定的判断の提供による勧誘によるものであるから、違法であるとして、右損害について、一審被告Y1に対しては民法七〇九条、一審被告会社に対しては同法七一五条に基づく損害賠償を求め、更に一審被告会社については、善管注意義務に違反しているとして、債務不履行責任に基づく損害賠償を求め、これに対して、一審被告らが説明義務違反等はないと主張して、その責任を争った事案である。

原審は、説明義務違反等を認めたが、オプション取引及び信用取引自体によって生じた損害についてのみ相当因果関係があるものと認めた上、過失相殺をして、一審原告の請求を一部認容し、その余を棄却したので、一審原告及び一審被告らが各敗訴部分につきそれぞれ控訴した。

二  「明らかに認められる事実等」「原告の主張」「被告らの主張」及び「主要な争点」

当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第二に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一三頁二行目の「又は債務不履行」を削り、三行目から四行目にかけての「又は債務不履行日の翌日以降で」を「の後である」と改め、七行目の「支払を」の次に「、また、一審被告会社に対し、選択的に、債務不履行に基づく損害金二〇七四万四八八三円及びこれに対する一審被告会社については訴状送達の日の翌日である平成一一年一二月二九日から、一審被告Y1については同じく同月二七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を」を加える。)。

1  一審被告らの主張(信用取引について)

一審原告が、信用取引に当たり、そのリスクについて十分な知識を有していたことは、以下の事実から明らかである。

(一) 一審原告は、東京証券において自己資金をもって自己の判断で、損失を出さないように注意を払いながら株式の売買をしてきた。そして、株発注の仕方等からすると、一審原告の株取引の知識は相当なものであったということができる。

(二) 一審被告会社は、信用取引を始めるに当たり、一審原告に対して、お客様宛のあいさつ状、「東京信用取引所における信用取引に関する主な規定(抜粋)」、「信用取引制度」と題するパンフレット(乙八、一〇の1、3、4)を送付しており、右書面には信用取引におけるリスクとして、決済期限の存在、追加委託保証金を差し入れる場合があり、損失が増大する危険性があること等が記載されているから、一審原告としては、信用取引の危険性については右各書面により知っていたものというべきである。

また、一審被告Y1及び一審被告会社のB課長は、信用取引を始めるに当たり、一審原告に対して、「信用取引制度」と題するパンフレットを示して信用取引のリスクを十分に説明している。

2  一審原告の主張

(一) 損害について

(1) 平成九年一二月一六日及び翌一七日に品受けした株式を最終的に処分することにより生じた差引損(五六六万八一五五円)

品受けした株式を、品受けすることなく、信用取引によって購入した他の株式と同様、右時点において差金決済をしていれば、品受代金合計一三七五万六〇七〇円から右時点での終値の合計七六五万四〇〇〇円の差額六一〇万二〇七〇円を差損金として決済せざるを得なかったのであるから、右範囲内にある右差引損は信用取引自体から生じた損害と評価されるべきである。

(2) 信用取引により購入した株式を品受けせざるを得なくなったため、東京証券及び一審被告会社の現物株を損切りすることにより生じた損害(東京証券分四九二万九三一九円、一審被告会社分五五一万六五八九円)

右損害が、特別事情による損害であるとしても、一審被告Y1は、一審原告が年金生活をしていて、現金や預金をほとんど有せず、流動資産としても東京証券及び一審被告会社の現物株のみを所有していたにすぎないこと、したがって、万一信用取引において追証の発生や更なる損害を回避するために品受けをして処理する場合には、流動資産である現物株を処分し現金化して処理せざるを得ないことを十分認識していたものであり、また、追証が必要となった平成九年一一月二七日当時の株価は全般的に値下がりしており、一審原告がこのまま取引を継続するときには、追証の処理をしなければならず、これを回避するためには、損切りした上での処分又は品受けをして、信用取引から抜けざるを得ない状況であったことも予見していたのであるから、右損失は相当因果関係にある損害というべきである。

(二) 過失相殺について

本件では、① 一審原告には株取引の経験はあったものの、信用取引についての知識は一切なく、投機的取引の経験はなかったこと、② 一審原告は、専業主婦であり、平成九年三月に長年連れ添った夫と死別し、固定資産として土地建物を所有するものの自宅居住用であり、流動資産としては、株式を所有するのみであり、収入としても月額平均一五万五〇〇〇円の年金生活を送っていたものであること、③ 一審原告が信用取引の勧誘を受けた時期は、夫が死亡して五か月程度しか経っておらず、いまだ精神的に立ち直ることはできず、情緒的にも不安定な時期であったこと④ 信用取引は、手持資金以上の損害が発生する危険のある極めて危険性の高い取引であること、⑤ 一審被告Y1の勧誘方法は、言葉巧みにリスクを隠蔽して信用取引を勧誘し、また断定的判断を交えた強引なものであったことなどの事情があるのであるから、一審原告が一審被告Y1の説明を信じたとしても、信用取引を行うにつき一審原告に過失があると認定することは妥当性を欠くというべきである。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、一審原告の本訴請求は、主文第一項1の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり当裁判所の判断を付加するほか、原判決の「事実及び理由」第三の一及び二1ないし3に説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四二頁七行目から九行目にかけての〔〕書き部分、同四三頁末行の「また」から同四四頁六行目の末尾までをそれぞれ削る。)。

一  一審被告らの責任及び過失相殺について

1  一審被告らの責任について

(一) 一審被告らは、一審原告は、東京証券において自己資金をもって自己の判断で、損失を出さないように注意を払いながら株式の売買をしてきており、その株発注の仕方等からすると、株取引の知識は相当なものであった旨主張する。

証拠(甲二五、一審原告)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告が、平成七年ころから、東京証券において自己資金によって株取引を始め、原判決別紙五「東京証券(株)における現物株売却による損益一覧」の銘柄欄記載の株式を取引していたこと、しかし、一審原告の東京証券における株取引は、取引回数は比較的多いものの、電力株等の財産株とか、一部上場株の中でも総じて手堅いと評される造船、重機関係の株式に限定されているか、少なくとも、危険性の高い株式に対する取引が見られないことが認められ、この事実に東京証券の社員との電話による会話の内容(甲二八)を考慮すると、前記の株取引の経験があるからといって、一審原告が株取引について十分な知識、経験を有していたとまでは認め難い。右認定に反する証拠(乙六、一審被告Y1)はにわかに信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 一審被告らは、信用取引を始めるに当たって、一審原告に対して送付した書類や一審被告Y1らの説明によって、一審原告はそのリスク等について十分理解していたのであるから、説明義務は尽くされている旨主張する。

証拠(甲四、五、一七、乙八、一〇の1ないし4、証人C、一審原告)によれば、① 一審被告Y1は、平成九年八月に信用取引を勧誘するに当たり、一審原告に対して、「東京信用取引所における信用取引に関する主な規定(抜粋)」(甲五、乙一〇の3)を交付し、閲読して欲しいと要請したこと、② 同月一九日には、信用取引口座設定約諾書(甲四、乙一〇の2)が作成され、一審被告会社に交付されたこと、③ 一審被告会社では、約諾書の交付を受けると、折り返しあいさつ状(乙一〇の1)、約諾書の写し(乙一〇の2)、「東京信用取引所における信用取引に関する主な規定(抜粋)」、「信用取引制度」と題するパンフレット(乙八、一〇の4)を送付する仕組みとなっていることが認められる。右の事実からすると、右③の各書面が一審原告に送付されたものと推認されるところ、特に「信用取引制度」と題するパンフレットには、信用取引が一定の保証金を証券会社に担保に入れ、売付けに必要な株券や買付けに必要な資金を借りて売買し、投資者が選択した期間内に返済する取引であること、信用取引は、投資者の資金に比べて大きな利益が期待できるが、予想と違った場合には、損失も大きくなること、信用取引で売買した株券が、その後の値動きで計算上大きな損失が出たり、保証金代用証券が値下がりして、委託保証金の率が二〇パーセント以下になったときには、不足額を差し入れる必要があることなどの説明が記載されている。

しかし、証拠(甲一五、一七、二八、一審被告Y1)によると、信用取引が開始された当時、一審原告は、信用取引における基本的知識である「追証」(追証拠金)、「維持率」、「つなぎ買い」等の用語すら理解しておらず、また、信用取引の決済について三か月とか六か月の期限が存在することすら知らず、信用取引による損失が発生した後に、前記東京証券の社員からこれらの事項の説明を受けて、初めて知ったこと、他方、一審被告Y1は、一審原告に対し、信用取引のリスクを述べないばかりか、「つなぎ売りをすればよい、売りで入って値が下がれば買い戻して、その差額を利益としてもっていきます。反対に値が上がってしまったら、現物株を手放せば損はしません。」などと述べて勧誘していることが認められるのである。

以上の事情を総合すると、前記各書面を交付したことあるいは閲読を要請したことによって、説明義務が尽くされたものと評価することはできず、一審被告らの主張は採用することができない。

2  過失相殺について

一審原告は、信用取引につき過失相殺を行うことは妥当性を欠く旨主張する。

しかし、一審原告の主張する①ないし⑤の事情があったとしても、前認定のとおり、一審原告は、一審被告らから「東京証券取引所における信用取引に関する主な規定(抜粋)」や「信用取引制度」と題するパンフレットを交付あるいは送付されたのであるから、これを閲読すれば、信用取引のリスクについてある程度の理解をし得たこと、しかも、一審被告Y1から右「東京証券取引所における信用取引に関する主な規定(抜粋)」について閲読して欲しいと要請されながら、これをしなかったのである(一審原告)から、これらの点は、信用取引を行うに当たっての一審原告の過失として賠償額の算定に当たって考慮せざるを得ず、諸般の事情を考慮して、損害額の一五パーセントを過失相殺するのが相当である。

二  一審原告の損害について

1  オプション取引による損害 二九万六九九八円

2  信用取引による損害

(一) 信用取引自体による損害 一五一万三八二二円

(二) 信用取引により購入した株式を品受けせざるを得なくなったため、東京証券及び一審被告会社の現物株を損切りすることにより生じた損害

一審原告は、投機的な株取引を全く予定しておらず、現物株を損をしてまで売却することは全く考えていなかったところ、一審被告Y1の強引な勧誘により損切りさせられたものであるから、右の損失も一審原告の損害に当たる旨主張する。

しかし、右の損失は、直接的には現物株を売却した損失であって、信用取引の損失に伴って通常生じる損失とはいえないし、これらの特別な事情について、一審原告らが予見しており、又は予見することができたことを認めるに足りる証拠はないので、一審原告の主張を採用することができない。

(三) 平成九年一二月一六日及び翌一七日に品受けした株式を最終的に処分することにより生じた差引損 五五二万一一五五円

証拠(甲三五ないし三七、三九の1、2、四〇の1)及び弁論の全趣旨によれば、別紙損害一覧表の「銘柄」欄記載の株式は、「購入単価」欄記載の単価で購入されたものの、平成九年一二月一六日ないし一七日の品受時の単価(円)は「品受時終値」欄記載のとおりであり、売却時の単価は「売却日単価」欄記載のとおりであること、また右株式の購入時の代金は「購入価格」欄の合計一三五四万円、諸税等及び手数料は合計二一万六〇七〇円(一審原告が一審被告会社に支払った一三七五万六〇七〇円と右購入価格の合計額との差額)であり、品受けした右株式の売却代金は「売却価格」欄の合計八一八万七〇〇〇円、諸税等及び手数料は合計九万九〇八五円(一審原告が一審被告会社との間で精算した八〇八万七九一五円と右売却価格の合計額との差額)であったことが認められる。

ところで、一審原告は、品受時点において、信用取引により取得した株式につき、一部を差金決済をし、その他を品受けしたが(争いがない。)、右品受けをすることなく差金決済をしていれば、品受代金と同時点の終値の差額が差損金として決済せざるを得ない関係にあったといえるので、右品受時点での各株式の終値と購入価格との差額の範囲をもって損害というべきである。したがって、株価がその後下落したとしてもその部分については相当因果関係のある損害とはいえない。なお、品受けした株式の価格がその後上昇したときは損害が回復したと評価し得るので、その上昇分は控除するのが相当である。そうすると、本件では、品受時終値と売却時の単価とを比較して、その高い価額をもって基準とすべきこととなり、その値は前記一覧表の「認定単価」欄記載の単価となるので、これを基礎として、その評価損を計算すると、「損害欄」記載のとおり合計五二〇万六〇〇〇円となり、損害額は諸費用等合計三一万五一五五円(二一万六〇七〇円及び九万九〇八五円の合計金額。なお、右品受けした株式の売却にかかる諸税等及び手数料についても、一審原告の損害としてその主張の範囲内と認められる。)を加えた五五二万一一五五円となる。

(四) 信用取引により購入した株式を品受けせざるを得なくなったため、東京証券及び一審被告会社の現物株を損切りすることにより生じた損害

証拠(甲一七、証人C、一審原告)によれば、一審原告は、信用取引により購入した株式のうち原判決別紙三「信用取引において品受けした株の最終売却処分による損益一覧」の「銘柄」欄記載の株式を品受けするため、同別紙四「泉証券(株)における現物株売却による損益一覧」及び同五「東京証券(株)における現物株売却による損益一覧」の各「銘柄」欄記載の株式を売却し、そのため、同別紙四及び五の各「差引損益額」欄記載のとおりの損害額を被ったこと、一審被告Y1は、一審原告に対して信用取引を勧誘した平成九年八月当時、一審原告が年金で生活しており、一審被告会社及び東京証券に現物株を預託していたことを知っていたことが認められるが、他方、原判決別紙二「信用取引経過表」によれば、一審原告に益金が出ていることからすると、株価が全般的に下落傾向にあったものとは認められず、また、一審被告Y1において、一審原告の東京証券における株取引の内容の詳細を把握していたとも認め難い。

以上のような事情を合わせ考慮すると、一審被告らにおいて、当時、一審原告が信用取引において追証の発生や損害を回避するため、一審被告会社及び東京証券の株式を損切りして売却することを予見しており、又予見することができたものとはいえないというべきである。なお、仮に、当時、一審原告が現金、預金等を有しておらず、流動資産としては一審被告会社及び東京証券に預託した株式のみであったとしても、一審被告らがこのことを認識していたか若しくは認識し得る状況にあったことを認めるに足りる証拠はない

そうすると、一審原告の主張する前記の損失をもって、一審被告Y1の行為と相当因果関係のある損害ということはできない。

3  まとめ

以上のとおりであるから、一審被告らの賠償すべき損害は、オプション取引による二九万六九九八円並びに信用取引自体による一五一万三八二二円及び品受けした株式の売却による五五二万一一五五円の合計七〇三万四九七七円の八五パーセントに当たる五九七万九七三〇円の総計六二七万六七二八円となる。

4  弁護士費用 六〇万円

本件事案の内容、訴訟の経緯に照らし、一審被告らに負担させるべき分としては六〇万円をもって相当と認める。

三  結論

以上によれば、一審原告の請求は、一審被告らに対し、各自六八七万六七二八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな一審被告会社につき平成一〇年一二月二九日から、一審被告Y1につき同月二七日からいずれも支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容すべきであるが、その余は理由がないので棄却すべきである。

よって、一審原告の控訴に基づき、右と一部異なる原判決を右のとおりに変更し、一審被告らの控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六七条、六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法三一〇条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀨戸正義 裁判官 井上稔 裁判官 遠山廣直)

<以下省略>

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